鼓動集鑑賞 (前月以前)

俳句と鑑賞 (堀口俊一)
  2020年7月号より

青林檎食めば青春の音はじく     米田 一子       
 青林檎は「早生種の林檎で夏のうちに出荷されるものをいう。剥くと変色が早いが、その歯当りのよさと、新鮮な酸味は捨て難い」(ホトトギス新歳時記)。「食めば青春の音はじく」が新鮮味と相通じる。

 2020年5月号より 
  コロナてふウイルス怯ゆ春遠し   福田知津子             今年流行の新型コロナウイルス感染の流行。今日四月五日現在も増え続 け、まさに「春遠し」がぴったりだ。
  2020年3月号より
 夢のまに令和元年とし納む  山口 暁子
 私にとって「令和」は雅号のようにも思える年号ですがその元年も夢の間に納めとなりました。
 2020年1月号より 

鉢植えを軒へ移すも冬支度   梅小路雅子

 冬支度といっても、いろいろある。句のように「鉢植えを軒へ移す」というのも冬支度。植物へのいたわりである。
 2019年11月号より

リハビリの足を騙して旅の秋   渡辺のりこ

 リハビリ中の足ながら、秋の旅は是非行きたい。それを「足を騙して」という措辞に表現したところに感心した。

  2019年9月号より

祭笛強面男の子佳かりけり  南 洋子          
祭笛を吹いている男の子。その子の顔が笑顔でなく「強面」であり、その顔が佳いと詠んだところがまた良い。

 2019年7月号より

若葉よし色それぞれに競ひ合ひ  梅小路雅子

新緑もそれぞれの木によって色合いを異にする。殊に陽に照り映えているときのきらめく緑は美しい。まさに「色それぞれに競ひ合ひ」である。

 2019年5月号より
 毒もつと思へぬ気品水仙花 福田知津子

 ラッキョに似た鱗茎(水仙根)はその成分にアルカロイドの一種であるリコリンを含み有毒である。湿布剤として用いられたが現在では幻の薬草である(品川鈴子、薬草歳時記による)。水仙の意外な一面を詠んだ。

  2019年3月号より

凍て空にかかと上げ下げバスを待つ   梅小路雅子

 凍て空のもと、足の冷えを防ぐために、靴の踵を上げ下げして朝のバスを待っている。これもいわば足の筋肉の体操でもある。中七の表現がリズミカルであり、精神の内面の表現でもあろうか。

 2019年1月号より
 鳶の舞ふ安芸の宮島天高し   中川チエ子

 安芸の宮島へ来て、折から秋の空を仰いでいる。鳶が舞っている高い秋天。秋天に舞う鳶を配して、秋の気分が、よく詠まれている。

 2018年11月号より
 天上も地上も憩ふ大花火         薮上 正子

 大花火にくつろぐのは地上の人々ばかりでなく、天上の霊界にある人々も花火の空に憩うているであろうと想いを馳せた。「天上」への発想が素晴しい。
 2018年9月号より
 還暦は老人ならず日輪草     福田知津子

 近ごろは、日本では還暦で再就職の人も多くなり、古稀も稀でなく、老人と云えば傘寿、卒寿の時代となってきたように思える

  2018年7月号より
亡犬に春の注射の案内状     杉本 文子
 亡くなった犬に、春の予防注射の案内状が来たという事実を淡々と詠んで、亡くなった愛犬への情、せつなるものがあり、春愁の句となった 
 2018年5月号より
  春泥に歩みとどむる車椅子    米田 一子
 私の俳句仲間にも耳が遠かったり、杖を常用する者が少なくない。時には付き添われての車椅子だ。この句も俳句の情景としては趣があろうが、実際はたいへんなことだ。
 寒ざらし買って来いとの母の声   黒川佐規子
「買って来い」と母の声は命令調でちょっと手ごわい。子に対する母なればこその言い方だろう。また寒晒とは白玉粉のことといえば分かる。回想の句だろうか。
 2018年3月号より

うとうとを包む布団を抜け出せず     福田知津子
 眠りからすっきり覚め切らない朝起きの状態、これを「うとうと」と表現し、続いてこれを「包む布団」、「抜け出せず」とした表現は滑稽味があり独得だ。

人波を高く越え行く大熊手        米田 一子        
  酉の市で売られる大きな熊手が人波の雑踏を高く越えて進んでゆく情景が彷彿する。その大熊手に焦点をあてて詠んだ句で印象的である。

 2018年1月号より

けふ誰も来なかったなあと秋の夜     中川チエ子
  上五中七の一気に詠まれた口語的表現が面白い。今日一日のことを振り返って、それにしても「誰もこなかった」ことの稍寂しい気分がうかがえる。

海鼠腸や己のが臓腑の頼りなき      奥野 義治
  海鼠腸(このわた)は海鼠(なまこ)のはらわたの塩辛。作者は、今回の通信欄に 「入院治療」のことを記してこられた。「切実に気持ちのこもった句作り」をされた由。

 2017年11月号より

凛として老ゆる厳しさ敬老日    福田知津子
 評者も老いの途次にあるが、「凛として老ゆる」境地には達していない。
日々、何とか老いの生活になお伴っている仕事、即ち学術研究と趣味の俳句をこなして生きている。

桐一葉施設の友に便りせむ      米田 一子
 老齢の仲間には施設に入っている友達も少なくないだろう。「桐一葉」の候となっては、それらの友の動静が想いやられる。便りを出して見ようという気になった。

 2017年9月号より 

老いの身の生きかへりたる昼寝かな    黒川佐規子

 昼寝の覚めたあと、生き返った気分になるのは、ことに老人の誰し もが日常経験することだろう。まさに午睡の効用である。

青空を貯金したきや梅雨真近       杉本 文子

「青空を貯金したきや」とは意表をつく面白い表現だ。ただ、今年は長梅雨らしいという予報があれば、或は梅雨自体が嫌いというのであればぴったりした表現である。

 2017年7月号より
 妣折りし紙の雛を飾りけり     米田 一子

 亡くなった母が折った紙雛を折からの雛の節句に飾った。簡明な句だが、「妣」、「飾りけり」という言葉使いに感動が引き起こされる。

 田植終う泥のタオルや昼の宴   南  洋子

 田植が終わった。タオルは泥まみれになったことよ。しかし今は楽しい昼餉の宴である。田植を終えた安堵感が活写されている。

 2017年5月号より

夫のオペ待つ間の長し月朧        岸本美知子

 ご主人の手術の終わるの待っている奥さんにとって、その時間は長く感じられる。折から窓外は朧月夜だ。待っている妻の心境を反映しているようだ。

奥入瀬の水が水押す雪解かな    中川チエ子

 名勝奥入瀬を詠んだ句はたくさんありますが、その雪解の情景を詠んだ例句は手元の歳時記では見当たりません。チエ子さんの「水が水押す」と詠んだところは巧みです。

 2017年3月号より
 風邪に臥す枕辺句誌と体温計     岸本美知子

 「体温計」を入れる言葉としての作句。風邪に臥せる身ながら、枕辺に好きな俳句の雑誌と体温計を配して、ご自分の生活情景を客観描写した。

笑ひとふ薬をのみて年越さむ   山口 暁子

 「笑い」が健康に良い作用をすることは医学的にも論じられている。折から年越しの時、「笑ひとふ薬を」飲んでよき新年を迎えたいという気持ちが伺われる。

 2017年1月号より 

何となくいつも晴天文化の日       黒川佐規子

 文化の日が明治節であった時から、この日が雨天であったことはないと、子供心に聞かされていた。この句では、そのことを「何となく」と巧みに詠んでいる。

芋の露宇宙を写し美しき         米田 一子

 芋の露には飯田蛇笏の名句があるが、一子さんの句は「宇宙を写し」と詠んで、スケールが大きい。また「う」音が続き、調べがよい。

 2016年11月号より 
妣と考と妹も置く夏の雲   山口 暁子

 夏の雲を見上げて、そこに亡き母と父、それに妹も雲となって、いまは天上に在す。霊を夏雲の生命力に託した。

 もてなしは噴き出すミスト盆の寺    岸本美知子

 ミストを涼気として噴き出す光景は駅構内でみかける。お寺でも見られるとはハイカラになってきたものだ。

2016年9月号より 
 鮎の腸おちょぼ口して食べにけり     米田 一子

 鮎でも腸となると、通は別として、ちょっと躊躇する人もあろう。このような場合、「おちょぼ口」が叶う。 

篝火の女鵜匠を煌めかす         南  洋子

 女性の鵜匠が活躍していることは報道されている。「女鵜匠」であるからこそ、篝火によって一層煌いて見える。

 2016年7月号より

国破れ母の菜飯で生き伸びし       山口 暁子

 前号の句からも、戦後の引揚げの時の回想であろう。淡々と詠まれ た中に感懐が込められている。

 遠山を見遣り又踏む麦畑         今井きよみ

 麦踏の人がちょっと一休みに、「遠山を見遣り」また 麦踏を続けてゆく。大景のなかへ人の点綴。

 2016年5月号より

春めくやチンチン電車の音かるし     黒川佐規子

 大阪で「チンチン電車」と親しまれている路面電車を句に詠み込んで、「音かるし」と春めく感じを出した。

百の絵馬百の願ひや春立てり       中川チエ子

 上五、中七の「絵馬」と「願ひ」に、「百」を重ねたリズムが何とも快い。下五の「立春」にも適っている。

  2016年3月号より
 一湾の空はパノラマ寒北斗     岸本美知子

 一湾の空に冬の星がパノラマのように広がって輝き、その中に一段と北斗七星が目立つ。「空はパノラマ」が巧み。

 包丁の冴え大根の桂剥き     米田 一子

 「桂剥き」とは筒切の大根などを帯状に薄く剥くことを いうが、この言葉を俳句で使って巧みに収めた。

 2016年1月号より

年金のせめてもの奢り新走り  松尾 謙三

 年金が入った。それによって「せめてもの奢り」に「新走り」に当てた。新酒でなく「新走り」と詠んだのが巧み。

鳥語きく空一杯のいわし雲     黒川佐規子

 「いわし雲」とあるから、「鳥語」は秋の小鳥の囀りであろう。聴覚と視覚の感覚の中に秋を満喫している詠者。

 2015年11月号より

茄子漬けの紫紺が旨し大和粥       中川チエ子

 茄子漬けは味もさることながら、見た目の紫紺は美しい。それを「紫紺が旨し」として、「大和粥」でうまく収めた。

一叢に丈の高低曼珠沙華         中山あけみ

 曼珠沙華の一叢に丈の高低が見られるという素直な観察を通して、情趣ある句となっている。

  2015年9月号より

噴水のマイナスイオン浴びて快     福田知津子

 「マイナスイオン」という専門用語は日常的にも用いられるが、俳句ではこの句で初めて出合った。

かき氷たのしき音をつみ上げて     松尾 謙三

 かき氷は近頃また人気が出てきた。かかれた氷が積み重なってゆくが「たのしき音をつみ上げて」が巧み。

 2015年7月号より

 まづ母に青き香りの豆ごはん   藪上 正子

まず母(妣かも)に豆ごはんを差し上げた。その豆ごはんを「青き香 りの」と詠みおろして、余情が引く。

裸婦像をふんはり包み春の雪    米田 一子

 春の雪なればこそ「ふんはり」であろう。原句は「包む春の雪」と 続くが、一旦切って、間を置いては如何。
 2015年5月号より
二上山をそこに望みて探梅行   黒川佐規子
 探梅の場所の位置が「二上山をそこに望みて」で明らかになり、
     探 梅行の詠者のときめきを感じる。
風光る音なくショール滑り落つ   中山あけみ
 「ショールが滑り落」ちたのは、風そのものより、
風を光らせている見えない光のためのように思える。
   2015年3月号より

   百羅漢百の顔もて春を待つ    太田雅人
  それぞれ異なった顔を持つ多くの阿羅漢が、それぞれの表情で
「春を待っ」ている様が彷彿する。
がっしりと肩組み山の眠りけり      市岡まさ子

    近頃テレビで観る冬山が、この句に詠まれているような「がっしりと肩組」んだ姿をしている。巧みな表現だ。

    2015年1月号より
 断捨離を決めて一人の年の暮     水野 茂子

持ち物の増えて行く今の世に、「断捨離」が唱道されている。年の暮ともなって一人身の周りをさっぱりしたい。

 小菊咲く中の写真の若かりし      黒川佐規子

アルバムをひろげると、「小菊咲く中」に写っている自分の姿。過ぎし時の彼方の自分も「若かりし」と感慨。

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