堀口俊一の三句(前月以前分)

  黎明抄より
  2017年11月号 句仲間の老い健やかに秋に入る

西に六甲東に生駒星流る

老妻と分かち大きな桃ひとつ

 2017年9月号 虚子五百句の一句とし黴の宿

網戸てふ欠かせぬものや住み古りて

匙なめて大人も楽しかき氷

  2017年7月号

わが庭へ吹ききし落花いづこより

抱く嬰の肌柔らかに春日かな

書に倦めば庭に出てみる風は初夏

 2017年5月号

育ちたる雪国遠き日となりぬ

バレンタインの日てふロマンスなく
老いぬ

青邨の若布の句ふと口遊み

  2017年3月号

小春日や去来の小さき墓に詣づ

悴める手もて重たき広辞苑

浮かぶ顔浮かばぬ顔や年賀状

 2017年1月号

秋扇たたみてはたと一句成る

モディリアニの女の顔の秋思かな

わが老躯痩身あはれ破れ芭蕉

 2016年11月号

茉莉花や清楚にもまた香しく

これよりは目指す白寿や走馬燈

秋の灯や明窓浄机にペンを持つ

 2016年9月号

パンドラの箱を開けよ青嵐

湯上りの肌へ網戸の風やよし

梅雨明けを告ぐる如くに月天心

 2016年7月号

道しるべとし花辛夷燦々と

春風を入るゝ心の窓からも

老い庇ふ庭の手すりや竹落葉

 2016年5月号

一病にして息災や春隣

春雷や耳遠き友多くなり

凧の糸引く手応への記憶かな

 2016年3月号

寒暁や月と明星天心に


遠き日の一茶親しや冬の蝿


かな釘と云ふも親しき賀状かな

 2016年1月号

信長も仰ぎけむ月西の湖

考と妣のここに眠れり草の花

有馬の温泉出でてこれより紅葉狩

 2015年11月号 文月や父の遺せし稀覯本

老二人生かされ仰ぐ銀河かな

破蓮や人また老いて地に還る

 2015年9月号

十薬の天麩羅といふ馳走かな

乾杯の挨拶枡の冷酒もて

一病を得て病葉のこころ知る

  2015年7月号 赤らみて来たる莟や君子蘭

てふてふと習ひしことも遠き日よ

男にも春日傘をと思ふ日よ

 2015年5月号 月ヶ瀬の探梅遠き日となりぬ

吾に帰るところ在らばや鳥帰る

こだはりを捨てて春愁捨てにけり

  2015年3月号

老いの日々経つこと迅し暮早し

心大らかにせよ燗熱うせよ

猪鍋へ向ふ車窓や丹波富士

  2015年1月号 蟷螂のロボットのごと構へたり

老いの齒にやさし無花果食うべけり

冬靄の湧き流るゝや嵐山

 2014年11月号 藤若葉していま松伯美術館

考と妣の魂宿るらむ曼珠沙華

米寿とて宇宙の瞬時天の川

 2014年9月号 山法師渡る風あり子規の庭

あやからむ山椒魚の命かな

相寄りて句碑読み解きぬ緑蔭に

西瓜もて潤す老の乾きかな

書に倦みし眼を休めをり七変化

 2014年7月号

白に紅交へ寺苑の芝ざくら

開き戸を入れば径あり竹の秋

ひと畝の主顔して葱坊主

床の間に米寿祝はれ鯉幟

六甲も生駒も晴れて田植かな

 2014年5月号 
お座敷に屈まり拝す立ち雛

晴れてゐて霾る気配どことなく

太閤の城の巨石や風光る

薄墨の初花といふ一会かな

見そなはす句座や遠目に内裏雛

 2014年3月号

ニュートンを想ひ榠樝の実を拾ふ

狭庭にも冬帝の威の及びたる

風鐸の冴ゆる音色や摩耶の寺

魂のほつりと宿り帰り花

これ己が米寿の顔か初鏡

2014年1月号

ともかくも斯く永らへて生御霊

釣舟草漕ぎ競ふごと吹かれをり

こころには神在します神無月

抜歯して冬ざるるごと口の中

芦屋川涸れて開けり海の景

2013年11月号

吾が生も盧生が夢か雲の峰

この庭の梅雨明け告ぐる水の音

水盤に旅の記念の石加ふ

軍医への志消え終戦日

人の世の旅の一会や流れ星

2013年9月号

更衣して学会の旅に立つ

幣揺らし絵馬は揺らさず若葉風

十薬や打ち捨てられし鴟尾の辺に

ペイロンを漕ぐ腕みな逞しき

孑孒に生れしことも定めかな

2013年7月号

城とせる書斎に心春めける

書に倦めば匂ひすみれの庭巡る

鞦韆や老の愁ひも楽しみも

山風も海風も受け花ミモザ

なら町の銘酒の老舗軒つばめ

2013年5月号

医師われも試みてみむ生姜酒

梅林の径辿るも試歩として

梅見終へ冷えを蕎麦湯に温むる

神鈴を振れば春寒響きけり

根付きたる挿木の命いとほしむ

2013年3月号

日々続けきし試歩の道冬めける

柄杓もて宇宙潤せ冬北斗

ひとときの奈良の時雨でありにけり

推敲に一句を得たり寒灯下

仏頂面にも笑初ありにけり

2013年1月号

百日紅散り寺内町静かかな

この庭の静寂深めて添水鳴る

水かがみ揺らし秋風渡りけり

蘭映えてうす緑ともうす黄とも

思ひ馳す万葉の世や秋の川

2012年11月号

薫風や虚子逝きし齢に吾も至る

鍾乳洞音なき音に滴れる

憂きことも胸に収めて心太

新涼の月や金星食となる

稲妻や一瞬浮ぶ多佳子の句

2012年9月号

老いてなほ勇気忘るな風薫る

芍薬や談薬効に及びけり

境内の金雀枝明りして浄土

夏草やひととせ皇都なりし跡

日曜の家居くつろぐ素足かな

2012年7月号 菜飯炊きくれ退院の日の夕餉

春風や日ごとに延ばす試歩の道

亀泳ぎをり花筏かき分けて

角が葉となりて若蘆そよぎ初む

本復へ八十路の端午迎へけり

2012年5月号

健やかに七十八十揃ひ初句会

節分の豆添へてあり患者食

臥すわれに力貸しませ草萌ゆる

早春を臥してはるかに子規想ふ

囀の我が庭かとも隣とも

2012年3月号

小春日や瀬田川下る外輪船

返り咲きせし蒲公英の孤独かな

一茶忌や雀めっきり減りしこと

同窓の絆は強し年忘れ

来し方や枯芝にある日の温み

2012年1月号

大學へ寄贈のピアノ秋奏づ

駅降りてより新涼の夜道かな

昭和一桁生まれと答へ敬老日

人知らね空に道あり鳥渡る

八十年生かされ仰ぐ十三夜

2011年11月号

虚子の賛涼し為山画子規像に

老い古びたるわが身また虫干さむ

街の灯に濁れる空や星月夜

みちのくの殊に今年の流燈会

一日の命を今に花芙蓉

2011年09月号

やがて飛び立つ日来るらむ根切虫

根来寺の弾痕まざと若葉風

青洲の偉業の今に風薫る

天心に暈をまとひて梅雨の月

久闊を叙し一献や鱧の皮

2011年7月号 春眠や鉛筆を手にしたるまゝ
ひらめきし句をメモに草芳しき
春深しあと幾たびの春に逢はむ
てのひらに残る記憶や紙風船
一輪の椿や軸は無の一字
2011年5月号

日当たりて煌めく川面春を待つ
月ヶ瀬の梅見や遠き日となりぬ
後で知る春一番でありしこと
白毫寺さして野梅の径をゆく
職退きてより春眠の気兼ねなく

2011年3月号

初空へなほ老の夢描きけり
虚子館を巡りてよりの初句会
凍蝶や荘子が夢の中ならむ
一月の川とし云へば龍太の句
冬麗らすまし顔なる春日巫女

2011年1月号 秋の日の木洩れ日美しき苔の上
老いもよし妻と二人の茸飯
太古より空に道あり渡り鳥
みかん食ぶしぐさにも見ゆ人の性
書に倦めば庭に出て愛づ石蕗の花
2010年11月号 天心に半月の濃く梅雨あがる
遠き日の夜店や銅貨握りしめ
垂れて咲き這ひ登り咲き凌霄花
職退きて静居よろしき残暑かな
研究の夢なほ消えず老の秋
2010年9月号

仰ぎみる芭蕉生家の柿若葉
一日を蝿虎と共にせり
二階より触るゝ高さに合歓の花
名木の榎一樹や風薫る
幼きとき嫌ひしトマト今大好き

2010年7月号

春灯や書斎を城にくつろげる
観覧車より見る娑婆の花の雨
沈丁の香や遠き日の恋古りぬ
夕風に辛夷の花の錆びそめし
何の木と知らず切株蘗えて

2010年5月号 人の世の灯を統べて月冴ゆるなり
風邪声と云はれて風邪に気付きたる
わだかまり解くるごとくに水温む
手鏡の中に遠山笑ひをり
書に倦めばわが坪庭の青き踏む
2010年3月号

城垣を這うて残るや蔦紅葉
いっときの知人となりて焚火の輪
老木の冬芽に潜む力かな
冬枯れや人は(うま)しく老ゆべかり
凍蝶の夢の中にも入りなむ

2010年1月号 長き夜の猫派犬派の談義かな

百羅漢より秋声の湧くごとく

一幅の禅語二文字秋澄める

書に倦めばしばし佇む庭小春

粕汁や漆古びし夫婦椀  
2009年11月号 その中に猫抱く羅漢青しぐれ

葉桜のまたよき苑となりにけり

留学のころ懐かしむ黴鞄

絹ごし派木綿派いづれ冷奴

居どころの一瞬わからず昼寝覚  

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